認知症について

2015年11月20日あいの里地域で健康相談会が開催され、平野院長が認知症について講演しました。このスライドおよび原稿は、当日の資料を加筆修正したものです。

はじめに

2015年現在、認知症数は推計525万人と言われます。これは65才以上の高齢者の約6人に一人に相当します。そしてこのまま認知症の危険因子である糖尿病などが今のペースで増え続けますと2030年には65才以上の5人に一人、2060年には65才以上の3人に一人が認知症になると予想されています。2060年の推計総人口は8674万人、認知症の推計数は1154万人ですから総人口の7.5人に一人が認知症と言う信じられない日本社会を迎えることになります。このような認知症の増大は2025年には一人暮らし高齢者が700万人を突破する事態と相まって、医療・介護のあり方にとどまらず地域コミュニテーのあり方や住宅、交通移動、法律など様々な点において日本社会が変革を迫られることになります。 認知症への対応はまさに国民的な課題と言えるでしょう。

A 認知症とは

「もの忘れが最近よくある」からのみでは認知症とは言えません。記憶や認知(理解力や判断力、推察力、注意力、コミュニケーション力など)の障害に加え社会生活や家庭生活に支障をきたすようになって初めて認知症と診断されます。また、もの忘れ・記憶の障害があるが社会・家庭生活には支障をきたしていない場合は「軽度認知機能障害」と言い認知症とは区別します。この「軽度認知機能障害」は年10%の割合で認知症に進行すると言われますが、一時的な抑うつ状態、甲状腺機能低下症、ビタミン欠乏などの内科疾患、また認知症とは異なる治りうる脳の病気が混じっている場合があり専門的な診察・検査が必要な場合がありますので注意が必要です。同様に認知症も治りうる場合があり慎重な診察・検査が必要です(Treatable dementia)。

B 認知症のテストと主な検査

認知症が疑われると、外来では認知症テスト(長谷川式認知症テスト、mini-mental-test,モントリール認知症テストなど)を実施します。また生活全般の状況から認知症の程度を推測します。次に認知症以外の病気や治りうる病気を除外するため血液検査や各種画像検査を実施します。
当院での最近の事例でも、認知症が疑われ受診された患者様の中には正常圧水頭症、下垂体前葉機能低下症、一過性全健忘など認知症とは異なる、しかも治りうる患者さまもいらっしゃいました、注意が必要です。

C 認知症の種類と変遷

 認知症は「アルツハイマー病型認知症」「レビー小体型認知症」「脳血管性認知症」などがあります。以前はアルツハイマー病型認知症は日本では少ないと言われておりました。1987年初版の「神経内科学書」と言う教科書には「アルツハイマー病はわが国では1955年に初めて報告され、しばらくはまれな疾患と考えられてきたが、最近ではけっしてまれではなくなっている」との記述があります。当事は「まれではなくなっている」と言いましても一般内科医はもちろん、専門医でもアルツハイマー型認知症と診断する事はそう多くはありませんでした。
しかし現在では認知症の50%以上がアルツハイマー病型認知症と診断されています。私の印象ではこの1987年以前でも高齢者におけるアルツハイマー型認知症あるいは現在の言うところの「軽度認知機能障害」は今くらいの割合を占めていたのではないかと考えております。
当事の高齢者の脳CT画像を思い起こしますと、海馬の萎縮が目立った患者さん少なからずいらっしゃいました。当時はまだ積極的に診断されなかっただけだと考えています。

D 認知症の中核症状と周辺症状

認知症には現在の医学を持ってしてもまだまだ治療が難しい中核症状と一方対応・治療が可能な精神的・身体的周辺症状があります。中核症状とは記憶障害(新しいことを覚えられない)、理解・判断力の障害、見当識障害(場所、時間、人がわからない)、実行機能障害(段取りや計画が立てられない)があります。次に周辺症状とは妄想、徘徊、暴力・暴言、抑うつ、不穏、介護拒否などがあり介護する家族や介護職員にとって大変ストレスのかかる問題となります。
 認知症の患者さんは新しいことを覚える「記憶のネットワーク」がしだいにくずれて自分の思うことを伝えられなかったり行動することができなくなります。しかし「感情のネットワーク」は比較的最期まで保たれていると考えられ、自分にとって不愉快な対応をされ「感情のネットワーク」が乱された時に前述の周辺症状が出てくると理解されております。これらの周辺症状は家族や介護職員にとって大変負担となるものであり病院では抗精神病薬などを使いがちですが、最近では患者さんの関心や残っている能力に応じた適切な働きかけによりある程度改善することがわかってきています(患者中心ケア)。

E 認知症の治療

今の医学でも前述した認知症の中核症状(記憶・認知障害、理解・判断力障害、見当識障害、実行機能障害など)は根本的に治すことは困難です。現在日本で認知症薬として使える薬は4種類あります。一つは記憶に関係する神経伝達物質である脳内にアセリルコリンの分解を抑える3種類のコリンエステラーゼ阻害薬(塩酸ドネペジル、リバスチグミン、ガランタミン)と過剰になると認知に悪影響を及ぼすグルタミン酸を抑えるメマンチンです。しかしこれらの薬も一時的に認知症が改善する人もいらっしゃいますが、その進行を少しでも遅らせるのが精一杯です。また日本では今年の春から脳梗塞予防薬であるシロシタゾールが認知症の進行を遅らせる効果があるとの推論にもとずき治験が始まっております。
一方、先ほど述べた周辺症状も対しては、これまで患者さんの暴言・暴力、不眠・昼夜 逆転、介護拒否などに薬物治療を優先しがちでしたが近年では「Person¬¬-centred care=患者中心のケア」や「ユマニチュード」などのケア技術が注目されてきており、有効性が確認されNHK番組でも紹介されました。

F 認知症(アルツハイマー病)に見る自然経過

  アルツハイマー型認知症を例にとり認知症の自然経過を見てみましょう。認知症が発症しても初期の場合は本人も家族や周囲の友人もなかなか気づくことが困難な場合があります。現役で働いている方ですと、重要な会議を忘れてしまう、仕事上のミスが増えるなどが目だってきますが、まだ本人も同僚も認知症とは認識できません。そして例えばいつも取り引きしているお客さんに「どちら様だったでしょうか」などの大失敗をすることにより「これはおかしい」と言うことになるわけです。
また毎日に変化が少ない家庭生活ではもの忘れが目立っても年のせいと気づかれないことがしばしばあります。やがて「車を運転して買い物に行ったのに帰りは地下鉄で帰ってくる」などの決定的な出来事が発生し「これはおかしい」とようやく気づくようになります。
さらに認知症が進行しますと数年から10数年の時間を経て身体の動きが悪くなり車椅子生活になったり家族の名前も言えない状況にもなり見守り、介護が必要になってきます。

G 地域での認知症への取り組み

厚生労働省は2015年1月に「認知症施策推進総合戦略~認知症高齢者にやさしい地域づくりに向けて~(新オレンジプラン)」をい発表しました。これにもとづき地域で認知症やご家族の方を見守り、支えることが役割の認知症サポーターの養成が進んでおり2015年9月30日現在で全国で667万7226人(総人口に占める割合は4.886%)、札幌でも5万5011人(同2.902%)に達しています。北海道でも今金町や当別町など人口比で約20%の町民が認知症サポーターになっている自治体も出てきています。
NHK番組でも紹介された静岡県富士宮市の認知症への取り組みなど各地での先進的な活動が紹介されるようになりました。「認知症になっても、すみなれた地域で、自分らしく、笑顔で暮らせる」これは富士宮市の認知症スローガンです。日本中の津々浦々でこの様なな町つくりが始まったらすばらしいことですね。